【地域医療を考える】石川県奥能登地方の現状#4 データで見る医師不足・能登町の医療・教育から考える医師不足

はじめに

第4回も引き続き、奥能登(能登半島にある珠洲市、輪島市、穴水町、能登町の二市二町の総称)が抱える様々な課題について解説していきます。今回はその中でもデータで見る医師不足、能登町の医療、教育から考える医師不足の3つのトピックを取り上げ、解説したいと思います。

データで見る医師不足

奥能登の地域医療の根幹を担っているのは各市町に存在する4つの総合病院(珠洲市総合病院、市立輪島病院、公立穴水総合病院、公立宇出津総合病院)です。

能登町の公立宇出津総合病院

【能登町の公立宇出津総合病院】

輪島市の市立輪島病院

【輪島市の市立輪島病院】

平成21年の公立宇出津総合病院改革プラン(注1)を読み解くと、この時点で医師看護師に不足や、人口減に伴う患者の減少により、診療体制が縮小してきたことがわかります。平成28年の新・公立宇出津総合病院改革プラン(注2)でも、医師不足の状況は変わっていないようです。

 

2008年には能登町が地域医療についての特集(注3)を組んでいます。15年ほど前の時点で、町として危機感を抱いていたことがわかります。

 

次に、奥能登の医師不足を実際のデータで確認してみます。地域医療の医師数の偏りを表す数値に、厚生労働省が発表する医師偏在指標というものがあります(注4)。数値が小さい地域は医師不足だと考えられる指標ですが、能登北部の医師偏在指標は92.9となっており(注5)、相対的に全国平均の238.3から大きく離れていることがわかります。

 

少子化と関連した話題としては、特に産科医の不足が挙げられます。2024年5月28日の毎日新聞の記事(注6)によると、輪島病院の建物被害により、奥能登で常勤の産科医はゼロになったようです。

妊婦健診は可能ですが、出産には対応できないということで、現状奥能登は病院で出産できない地域になっています。出産する場合は奥能登からやや離れた七尾市まで出る必要があります。住んでる場所が出産に対応できないとなれば、地元の子育て世代が残ることや、子育て世代が移住することも難しくなるので、深刻な問題です。

 

出産の環境を用意するためには、産科医だけではなく、小児外科の医師や複数の助産師も必要になるため、チームを用意することが難しいことも、出産体制の維持を困難にしている理由のひとつにあるようです。

さらに奥能登の4病院(珠洲市総合病院、市立輪島病院、公立穴水総合病院、公立宇出津総合病院)では、震災後に60人以上の看護師が退職の意向を示した(注6)とのことで、医師のみならず、医療従事者全般の不足も懸念されています。

※注1
公立宇出津総合病院
公立宇出津総合病院改革プラン
※注2
公立宇出津総合病院
新・公立宇出津総合病院改革プラン
※注3
能登町
生命の砦ー地域医療を守るー
※注4
厚生労働省
医師偏在指標・計算式
※注5
厚生労働省
医師偏在指標
※注6
朝日新聞デジタル
奥能登の4病院、看護師60人以上が退職・意向 医療維持に危機感

能登町の医療

公立宇出津総合病院の医師は主に金沢大学、金沢医科大学から派遣される医師と、自治医や金沢大学にある地域枠の医師と、就職している医師から構成されています。常勤の医師は町の医師住宅に住むことができますが、非常勤の医師は他地域から町内までやってきて勤務しているようです。

不足している科は特に小児科と産科で、産科はここ20年ほど医師がいない状態が続いています。産科がないことは、子育て世代が減り、子どもが減り、学校が廃校になり、地域の活力が失われ、さらに人が減っていく、という負のサイクルの一因になっている可能性があります。

また、現在は医師のみならず、薬剤師も不足しています。専門医制度が始まってからは症例数が重要になったため、若い医師は都市部の病院に勤めることが多くなり、地方の病院はさらに医師を確保することが難しくなっているようです。

教育から考える医師不足

奥能登の医師不足の理由はいくつか考えられますが、塾講師としての職業、教育という観点から特に見えてくるのは、地域の高校からの医学部(ここでは医学部医学科を指す)合格者が少ないことです。能登町唯一の高校である能登高校では、2009年の開校以来、医学部合格者はひとりだけです。こういう状況が続けば、医師が不足するのは明らかなように思われます。

 

医学科の合格者が少ない理由は、ひとつは医学部合格に必要な学力を身につける環境が不足していること、もうひとつはそれに付随して医学部を目指す学生自体が少ないことが考えられます。

 

学力に関して少し補足します。医学科に合格する一般的な経路は、中学受験から中高一貫校を経て大学受験というものになります。中学受験は小学校の高学年から準備を始めるので、医学部受験は小学校から始まっていると言っても過言ではありません。

そして中高一貫校で6年間鍛えられたとしても、現役で合格することは簡単ではなく、浪人するケースも見られます。このように医学部合格には相当な高い学力のハードルが課せられています。

 

奥能登の教育環境を考えると、まず中高一貫校が存在しないため、中学受験が一般的ではありません。第3回で述べた通り、奥能登の高校は全て定員割れしていることから、地元の高校に進む場合、高校受験のために特別な学習をすることもありません。

このような環境で医学部を目指す場合、高校に入ってから大学受験のための学習を開始することになりますが、既に中学受験組とは大きな経験の差がついているため、中学受験組に対抗できるような学力をたったの3年間で身につけることは困難です。

 

浪人する覚悟で医学部を目指すとしても、奥能登には予備校がないため、金沢など他の地域まで出ていく必要があり、一般的な地域よりも浪人のハードルが高くなっています。

公営塾(まちなか鳳雛塾)は存在しますが、公営塾は今のところ、主に現役生のための塾であり、公営塾があるから安心して浪人できるという環境は整っていません。よほどの覚悟がなければ、医学部を目指すこと自体が難しい状況になっています。

 

過疎地域の医師不足の状況は、教育格差の問題も少なからず含まれていると考えます。教育格差の中には情報の格差、環境の格差、意欲の格差など、様々な要素が存在するので、単に塾や予備校を揃えれば終わりという話でもありません。

中でも意欲の格差は根が深く、周囲に医学部合格者がありふれているような環境であれば、自分も目指してみようと思いますし、また目指すことができると思うものですが、身近にそういう存在がいなければ、まず目指そうとする意欲が湧いてこない、目指そうとする発想すら湧いてこない状態になるので、医学部合格者を増やす上では根源的な問題になりうる要素です。

 

医学部受験に携わっていた身として、現状の医学部合格者不足をなんとかしたいという思いはあるのですが、私は地域おこし協力隊として能登町にやってきており、その任期が3年(残りは2年)で終了するため、医学部合格を見据えるような長期的な計画を実行することは難しいというジレンマを抱えています。

執筆者


 

中村 俊介


1984年生まれ長崎県長崎市出身 石川県鳳珠郡能登町在住
広島大学理学部物理科学科卒業
広島大学大学院先端物質科学研究科量子物質科学専攻博士課程前期修了
複数の塾を経てPMD医学部専門予備校に入社
その後能登高校魅力化プロジェクトに参加
現在はまちなか鳳雛塾に塾コーディーネーターとして勤務

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